日本の気候変動政策の転換期:2025年

第7次エネルギー基本計画および次期NDCの検討が佳境を迎える中、影響力を増す重厚長大産業

2024年12月

概要

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  • 日本政府は現在、第7次エネルギー基本計画、GX2040ビジョン、次期NDCの検討の最終段階に入っており、これらはパリ協定の1.5度目標達成に向けた日本の道筋に大きく寄与するものである。
  • 政府案として提示されたNDC(国が決定した貢献)、すなわち2035年までに2013年比で60%の温室効果ガス削減目標は、IPCCの科学的根拠に基づく政策提言や、再生可能エネルギー、化石燃料、自動車の電動化に関する世界市場や技術トレンドと整合しない可能性が高い。
  • InfluenceMapの日本における政策への影響力に関する継続調査によれば、日本政府は主に日本経済団体連合会(経団連)の意見を反映させていることが示唆される。しかし経団連は、日本経済の15%未満を占めるに過ぎない一部の重厚長大産業の意見を代表していると見られる。
  • 一方で、日本経済の70%を占めるエネルギー需要側の業界(小売業、IT、建設業、ヘルスケア業界など)は、気候変動政策の意思決定プロセスから除外されている可能性がある。需要家などの大企業は、経団連とは異なる日本の経済界の意見を示すために、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)や気候変動イニシアティブ(JCI)を設立したと考えられる。
  • これら2つのアドボカシー団体に所属、または提言に賛同する企業は、日経225銘柄に採用されている企業の3分の1以上を占めており(日経225時価総額の約35%)、気候変動に関する立場が経団連とは大きく異なることがうかがえる。この企業群の多くは経団連の会員でもある。それにもかかわらず、経団連のウェブサイトでは、「経済界の意見を取りまとめ」ていると記載されている。
  • InfluenceMapの調査によると、直近に発表された2035年までに60%の温室効果ガス削減(2013年度比)を目指す政府案は、経団連の影響を強く受けている可能性が高い。しかし、経団連の立場は、日本経済全体やその加盟企業の一部、さらにはIPCCの科学的根拠に基づく1.5度整合の経路とは整合しているとは言えない。

InfluenceMapについて

気候リスクのデータプロバイダーであるInfluenceMapは、GHG多排出企業に気候変動の対応を加速させるよう働きかけるクライメート・アクション100+(CA100+)等を通して世界の投資家に情報提供を行っている。InfluenceMapが行う気候変動やエネルギーに関するデータに基づいた分析は、投資家だけでなく、企業、グローバルメディア等に幅広く活用されている。InfluenceMapは2015年に創立され、英国ロンドンに本社を構え、東京、ソウル、ニューヨーク、キャンベラに拠点を置いている。

三宅 香、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表によるコメント:

「このレポートは、現在の政策決定プロセスにおいて、需要家企業の声が十分に反映されていない実態を鋭く指摘しています。JCLP企業として、より野心的で科学に基づく気候変動政策の実現を強く求めており、政策形成過程における幅広い意見の反映が重要であると考えます。」

加藤 茂夫、気候変動イニシアティブ (JCI) 共同代表によるコメント:

「気温上昇を1.5℃に抑えるためには、まず野心的な目標が不可欠であり、日本の多様な非政府アクターもグローバルの非政府アクター(RE100企業など)もそれを求めています。そしてそれを支える政策は、日本もCOP28やG7で合意した2030年までのエネルギー効率2倍や再エネ3倍、2030年代前半の石炭火力廃止を実現するものへと転換していかなければなりません。」

背景:日本における気候変動政策への関与

日本は現在、第7次エネルギー基本計画、GX2040ビジョン、次期NDCの検討を最終段階まで進めており、パリ協定の1.5度目標への日本のコミットメントにも重大な影響を与えると考えられる。

  • 日本で最も強力なロビー団体は日本経済団体連合会(経団連)である。同団体は東京に事務局を置き、200人以上の職員と100を超える業界団体会員で構成されている。また、1,500社を超える企業会員を擁している。経団連は、政治や行政との対話において「経済界が直面する内外の広範な重要課題について、経済界の意見を取りまとめ(る)」こと、そして「日本経済の自律的な発展と国民生活の向上に寄与すること」を役割としている。
  • InfluenceMapの継続的な調査によると、気候変動・エネルギー政策における最も戦略的かつ集中的な関与が、特定のセクターにおける業界団体によって行われていることが確認されている。調査によると、ほぼすべての業種別団体の活動が、重厚長大産業(鉄鋼、電力、自動車、石油・ガス、石炭、水素、産業機械)を代表する7つのセクターに集中しており、これらのセクターが戦略的に政策に関与していることが示されている1。残りのセクター(経済規模で全体の7割を占める)による政策関与は、これら7つのセクターに比べてほとんど行われていなく、経済産業省の主要部会での代表権権(委員としての参加)も比較的わずかであった。経団連の政策的スタンスと7つのセクターのスタンスの類似していること、また経団連の会長や副会長、エネルギー環境部会の幹部構成などから、重厚長大の意見が強く反映されていることがうかがえる。調査からは、重要な気候やエネルギーの政策課題に関しては、日本の経済規模の7割を占める主要なエネルギー需要家セクターの意見がほとんど反映されていないことが分かる。
  • 経団連が主導する政策決定プロセスにおける代表権の偏りが「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」や「気候変動イニシアティブ(JCI)」といったアドボカシー団体の設立を促したと考えられる。これらの団体に参加する企業は、日本経済における重要な役割を担っているにもかかわらず、気候変動政策の決定プロセスで自らの意見が十分に反映されていないという問題意識を共有している。ソニー、ソフトバンク、武田薬品工業、リコーなどの企業は、どちらか又は両方の団体に加盟し、その提言に賛同している。これら2つの団体の提言に賛同する企業のうち、日経225構成銘柄に含まれる企業は72社あり、これらの時価総額を合計すると、日経225構成銘柄全体の約35%を占めている2
  • 政府委員会における経済界の委員構成からも、代表権が特定の業界に有利に働いている可能性があるとみられる。下図は、主要な委員会における業界区分別の出席状況をまとめたものである。重厚長大産業はGDPに占める割合が15%であるにもかかわらず、これらの委員会での代表権が大きいことが見受けられる。尚、業界横断型の団体、大学、調査機関などは今回のグラフから除外している。

2035年目標と経済界の気候政策への関与

日本の2035年温室効果ガス(GHG)排出削減目標が企業にとって懸念材料となっている。2024年11月下旬、政府は2035年までに2013年比で60%削減という温室効果ガス削減目標案を発表した。しかしこの目標は、JCLPが支持する75%以上削減やJCIが支持する66%以上削減の目標よりも低く、日本のような先進国が温暖化を1.5℃に抑えるための科学的根拠に基づく排出経路よりも大幅に低い(表1)。この60%減案は、経団連が提案したものと完全に一致している。

InfluenceMapは、日本の50以上の主要な業界・業界団体と40以上の企業に関する継続的な調査を実施しており、調査結果によると、2035年の温室効果ガス排出削減目標について明確な提言を行った経済団体は、JCLP、JCI、経団連の3団体のみであった。JCIの提言はIPCCの世界基準に基づいているが、先進国としての先行削減を前提としたIPCCの科学的根拠と最も整合的なのはJCLPの提言である。一方、経団連の提言は、これら3つの団体の中で最も野心的水準が低く、1.5℃目標の達成には及ばない。

表1 日本の2035年の温室効果ガス排出削減目標とIPCCシナリオ

日本の温室効果ガス排出削減目標IPCC科学的根拠に基づく政策
日本の現行のNDCでは、「2030年度において、温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すこと、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けること」が掲げられている。

2024年11月末時点では、日本政府は「2035年までに60%削減(2013年度比)、2040年までに73%削減」とする新目標の取りまとめに向けて協議を進めている。

IPCCのAR6シナリオでは、温暖化を1.5℃に制限し、オーバーシュートを発生させない、あるいは限定的に抑えるために、2035年には2019年比で世界的に60%(範囲49-77%)のGHG排出削減が求められている。これは 2013年比で66%減に相当。

経団連が提案する2035年目標(政府案と一致)は、2019年比でGHG50%削減に相当するものである。経団連は、これがIPCCモデルにおける世界の削減率49-77%の範囲内(5~95パーセンタイル)含まれるとしているが、この目標は範囲内で最も低い水準にとどまっている。

日本のような先進国は、「共通だが差異ある責任」の原則に基づき、世界平均を上回る削減目標を掲げることが求められる。IPCCの元科学者が主導するクライメート・アクション・トラッカー(CAT)は、IPCCのモデリングデータに基づき、日本の1.5℃目標と整合する2035年GHG削減目標を2013年比で少なくとも78%減と算出している。

気候政策全般への関与

GX政策項目とIPCCが各国政府に示しているガイダンスを比較すると、日本の気候政策の方向性は科学に基づく政策と大きく一致していないことが明らかである。これは、InfluenceMapが2023年11月に発表した報告書の要旨である:

日本の気候変動およびエネルギー政策は、企業がこれらの政策に最大の影響力を持つ経済産業省とどのように関与しているかによって形作られていると考えられる。

経団連、JCLP、JCIが示した2035年目標に対する立場は、日本における気候変動政策に関する多様な主張の幅広さを反映しているといえる。

  • 経団連がGX政策に与えた影響について、経団連会長の十倉雅和氏(住友化学)は、GX基本政策において経団連の提言が「ほぼ全面採用された」と述べた。カーボンプライシング、再生可能エネルギー、火力発電、運輸に関連する経団連の政策立場は、重工業(鉄鋼、電力、自動車、石油・ガス、石炭、水素、産業機械)を代表する7つのセクターの立場を反映しており、これらのセクターが日本の気候変動・エネルギー政策に最も大きな影響を与えていることが示唆される。
  • その主な理由として、各企業の立場がセクター別の業界団体を経由し、さらに経団連を通じて「経済界のコンセンサス」として経済産業省及び日本政府に提示されることが挙げられる。しかし、InfluenceMapの調査や、JCLPとJCIの立場、会員数・賛同者数を確認すると、経団連の気候変動・エネルギーに関する立場はコンセンサスとは言えない状況が伺える。
  • 一方で、JCLP会員企業やJCI提言の賛同企業は、野心的な政策を求めている。これは2035年の高い再生可能エネルギー目標、2030年までのIEAネット・ゼロシナリオに比例した約130米ドル/t-CO2の炭素価格、ならびに2035年以降の石炭およびアンモニア混焼の廃止などが含まれる。

表2. 主要な気候変動・エネルギー問題に対する経団連、JCLP、JCIの立場の比較

下記の表は、経団連と、気候変動政策に賛同的な日本企業(主にJCLPおよびJCIによって表明される立場)の主な相違点を要約したものである。これらのJCLPとJCIの立場は、日経225銘柄の時価総額35%を占めるメンバー企業によって支持されており、IPCCが提示する1.5℃目標の経路に基づく科学的政策とも整合している。

政策日本経済団体連合会(経団連)日本気候リーダーズパートナーシップ(JCLP)気候変動イニシアティブ(JCI)
2035年GHG排出削減目標経団連は、日本のNDCについて、2013年比で2035年に60%、2040年に73%の温室効果ガス削減を提唱しているJCLPは、2035年までにGHG排出量75%以上削減(2013年度比)を求めているJCI は、2035年までにGHGsを2013年比で66%以上削減を求めている
カーボンプライシング2024年10月に内閣官房で行われたカーボンプライシングに関するワーキンググループで、経団連は、強力なキャップを導入することのリスクを強調するなど、より緩い規制でGX-ETSを支持しているように見受けられるJCLPは、カーボンプライシングの実施を加速し、総排出枠に上限を設け、IEAのネットゼロシナリオで示された目標に匹敵する、温暖化を1.5度に抑制する価格水準を目指すことを提唱した(2024年7月)JCIは、カーボンプライシングの導入を2025年に前倒しし、IEAが示した2030年までの130米ドル/t-CO2といった野心的な価格水準と、自主的な排出量取引制度ではなくキャップ・アンド・トレード制度を確保するよう求めた(2024年5月)
再生可能エネルギー経団連は、再生可能エネルgのコスト負担を強調し、低コスト・安定供給・事業規律の維持を条件に再エネを支持するが、2024年10月の提言では、系統拡充、FITからFIPへの移行加速、PPA、風力発電の推進を支持した。ただし、バイオマスの火力混焼も支持しているJCLPは、2035年までに再生可能エネルギーの目標シェアを少なくとも60%にすること、PPAのガイドラインを明確にすること、浮体式洋上風力発電の設置目標を2035年までに20GW、2040年までに90GWに引き上げることを求めたJCIは、2035年までに再生可能エネルギーの割合を65~80%にすることを求めた
火力発電経団連は、2024年10月のエネルギー基本計画に関する提言で、石炭火力発電とガス火力発電の段階的廃止期限には賛成しない姿勢を示し、代わりにCCS、DACCS、水素・アンモニア混焼への転換といった技術による排出量削減に重点を置くべきだと提案した。経団連は2024年9月の経済産業委員会で、2030年に向けて火力発電を30%削減することを支持したが、ガスの新規探査・生産、LNG火力発電所を含むインフラ投資も提唱したJCLPは、「石炭火力発電を新設する余地はない」と提言。さらに、JCLPは、2024年7月のエネルギー基本計画に関する提言では、IGESの1.5Cシナリオを参照し、電源構成における石炭火力発電(アンモニア混焼を含む)の2035年以降の廃止、およびガス火力発電の2040年で構成比を3%とする急速な削減を支持したJCIは、2035年までに石炭火力発電を段階的に廃止することを求めた
自動車経団連、電力に加え、水素、アンモニア、バイオ燃料、合成燃料のすべてを運輸部門で追求すべきであるとし、水素と合成燃料の脱炭素化については曖昧にしている(2024年10月)JCLPは、「ハイブリッド車等の内燃機関車を含めた全方位追求型ではなく、ZEVに限定した野心的な新車販売比率目標の設定」を求めた(2024年7月)

脚注

1 52の日本の経済・業界団体を分析の対象としている。そのうち41の団体は業種別の団体(いわゆる業界団体)であり、残り11は業界横断的な団体である。対象団体の選定は、雇用、経済性などを基に選定されており、詳細なメソドロジーや基準はInfluenceMapの2020年のレポートを参照されたい。

2今回はJCLP会員企業、及びJCIの2035年目標の提言と、JCIカーボンプライシング提言への賛同企業を対象としている。